人と出あい、文化と出あい、新しい自分に出あえる「いわき芸術文化交流館アリオス」

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Special Interview
谷川俊太郎さん【詩人】(Shuntaro Tanikawa : Poet)

使い倒して。詩も。ハコも。

2008年4月。いわきアリオスが第一次オープンを迎えました。

それまで、オープンに向けて準備を進めてきた私たちいわきアリオスのスタッフが、ずっと心に決めていたことがありました。それは、アリオスに来る皆さんと、そこで働いている私たちの間に「合言葉」を持っておきたいということ。劇場で生まれる、「いまここ」にしかない感動や感情は、目に見えないもの。だからこそ、その「場」の持つ意義や、「ハコ」としての役割を、言葉にして、たくさんの人と共有していきたい・・・。そして、できればその言葉を使って、たくさんの人と一緒に「舞台へ 舞台から」楽しいことを生み出していけたら素敵だな・・・。

「そんな言葉が欲しいんです!」と、詩人の谷川俊太郎さんに、ちょっと欲張りなお願いをしてみたら、なんと、本当にアリオスのために詩を書いてくださいました。

スタッフの想いを詩に込めるため、「とにかく一度、話しをしてみよう」と、谷川さんがいわきアリオスに来られたのは2007年10月のことでした。スタッフと輪になって言葉を交わし、それぞれの「こんな劇場にしたい」という想いを聴いてくださった谷川さん。そうして出来上がったのが、4編の詩から成る「アリオスに寄せて」です。

オープン直前の2008年2月、アリオスペーパーの表紙撮影のためにお邪魔したご自宅でお話を伺いました。


―いわきアリオスの印象はいかがでしたか?

レストランやショップもあるということで、地域とうまく結びつきそうだと感じました。今はもう、鉄道の駅まで遊園地化してますからね。劇場がそれに負けちゃいけません(笑)それから、スタッフが印象的でした。多彩で、それぞれがアイデアを持っていて、とても熱心。そこに一番打たれましたね。こういう人たちが中にいるんだったら、この立派なハコも生きるんじゃないかっていう感じはすごくしました。

―それぞれの詩は、1編ずつでも、いくつかだけ取り出しても、順番を入れ替えても、組み合わせや使い方は自由ということですが…

単に、お祝いの詩を一篇つくるということではなく、その詩を実際に使っていきたいということを聞いていたので、これだったら歌になるだろうとか、これだったらダンスと一緒にできるだろうとか、いろんなコラボレーションを考えて、短い詩を組詩風につくりました。あんまり祭り上げないで、もう、思いもよらないような方法で詩を『使い倒して』欲しいですね。

―今回、詩作をお願いしましたが、依頼されて詩を書くことと、創作で詩を書くことでの違いはありますか?

僕は、今、依頼されたものしか書いていません。自分の中から湧き上がったものを書くということはやってないです。注文主に合わせて手を抜くなんてことは一切できないから、自分で書きたいから書くのと注文されて書くのは同じです。それでも時々、ふっと書く気になって、自発的に書くこともありますけどね。18くらいで詩を書き始めて数年は自分で書いてたんだけども、注文が入るようになってからは、もうそっちの方が多くて、自発的に書くのが間に合わなくなった。そういう人生を50年以上やってきてるわけです。そうすると、注文されるということが、書く動機として自分の中で相当大切になっているんですね。「15字詰め23行の詩を明日の朝までに」とかっていうのが、まれにあるんですけど、そうするとなんかね、燃えちゃうね。

―谷川さんは、息子でジャズピアニストの谷川賢作さんが参加されている、現代詩をうたう音楽ユニット「DiVa」とも、朗読というかたちで共演されていますね。

うちの息子が作曲もするんだけど、人前でピアノを弾くのが好きなんですね。そこに、歌とベースが入って3人でDiVaを始めたんだけど、知名度がないから客があんまり来ないんですね。で、主催者が「お前の父親は教科書にのってるから連れてきたら客が入るぜ」ということになって、それで彼らと付き合いだしたんですよ。一時期は、看板じじいみたいにしてついて回ってましたよ。僕も結構音楽好きだし、うたといっしょだとかえって詩がいきるような気がするし、グループの雰囲気がすごくいいものだから、それでずっと続けてて。3人ともクールなんです、割とね。そういうところも気が合ってるんですよ。

―DiVaとの活動だけでなく、谷川さんの詩は合唱曲としてもよく耳にしますが、「詩」を「音」にするということに何か想い入れがあるのですか。

「詩」っていうと黙読するのが普通だと思いがちなんだけど、詩って、文字がない時代からあったものだと思うんですね。だからはじめは声だった。それが、印刷術や電子メディアが発明されて、みんな黙読するようになってきたわけでしょう。僕は、詩を人に伝える時に、声で伝えるのと、文字で伝えるの、両方大事だと思うから、両方ともやりたいと思ってるということかな。簡単にいえば。

―最後に市民へのメッセージをお願いします。

これだけ立派な建物ができたんですから、内容はどんなものでもいい、市民の皆さんでどんどんどんどん、使ってほしい。下手じゃないかとか、まずいんじゃないかとか、そんなの全然考えずに、やりたいことがやれるような場にしてほしいと思います。いくら立派だからって、ハコにびびっちゃったらバカバカしい。『中身がはち切れそうでハコが困ってる』みたいになってほしいですね。

【インタビュー:'08/2】

アリオスに寄せて

いまここ

いつでも「いま」しかない

どこにも「ここ」しかない

そのために過去に学び

そのために未来を夢見て

生きる


人知れず咲いている一輪の野花とともに

ただよいながら形を変えてゆく雲とともに

うつろいやまない人々のココロとカラダとともに

いまここで踊る身体

いまここで奏でられる音楽

いまここで語られる言葉

舞台に 舞台から

土足で上がるのだ 舞台に

田んぼと劇場を地続きにするのだ

足裏は知っている

板の下 奈落の下 コンクリートの下

人々の意識の下に この星のマグマがたぎっていることを


出て行くのだ 舞台から

風神雷神となって創造の嵐を起こすのだ

タマシイは知っている

目に見えないもの 耳に聞こえないもの

コトバにならないものが 誰にでもひそんでいることを

ハコのうた

からっぽはすばらしい

なんでも いれることができるから

でもいつまでも ためておかない

またからっぽにして ハコはまつ

あたらしいもの たのしいもの

ハコはいきて こきゅうしている


ハコのなかで ひとはうたう

ハコのなかで ひとはかたる

ハコのなかで ひとはおどる

ハコのなかは そととはちがう

わくわくどきどきはらはらさせる

ハコはいきて こきゅうしている

木の椅子に腰かけるのもいい

床にあぐらをかくのもいい

草の上に寝転ぶのもいい

そこにあなたの場ができるから


二人でお喋りするのもいい

何人かでパーティするのもいい

何百人かで耳をすますのもいい

そこにみんなの場ができるから


その場には見えない素粒子がいる

遺伝子がいる 光子がいる はるかな星雲がいる

そのおかげで私たちがいる

世界と肌を合わせて 宇宙に抱かれて


昼 海からのそよ風がアリオスを愛撫している

夜 月の光がアリオスにうすぎぬを着せる

朝 遠いやまなみにアリオスはあいさつしている


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